進化と退化、得られるメリットによって発生するデメリット。物事はつねに1方向だけが巧く動くとは限らないということでしょうか。
シャロン・モレアム with ジョナサン・プリンス著 矢野真千子訳 日本放送協会出版刊
迷惑な進化 〜病気の遺伝子はどこから来たのか〜
原題:SURVIVAL OF THE SICKEST
DR. SHARON MOALEM with JONATHAN PRINCE
ISBN978-4-14-081256-3
病気になる原因の遺伝子はデメリットだけではなく、他の病気にかかりにくいとか環境の激変で耐性を確保できるなどのメリットも併せ持つということから始まり、人間ふくむ生物の遺伝子はいかにして現在の状態になったかなどを非常に広い範囲の話題で飽きさせることなく一気に読み終えてしまいました。
一番有名なのが鎌状赤血球による貧血の遺伝子。赤血球が中央が凹んだ円盤型にならず、いびつな形になってしまう先天性の遺伝子疾患です。赤血球が正常に酸素を運搬できないので、貧血となります。
で、この遺伝子のデメリットは貧血という症状が現れるのですが、逆にメリットはというと、マラリアにかかりにくいということが上げられます。赤血球がマラリア原虫の好みに合わない状態になっており、原虫が寄生しにくいために蚊が媒介するマラリアに耐性をもったからだとなるのです。
温暖化の影響でマラリアを媒介する蚊の北限がどんどん北上しており、そのうち日本でも深刻な感染症として対策を講じる必要が予想されます。
そのほか、面白かったのが親が獲得した遺伝形質は子に遺伝するという説を主張するラマルク派の始祖といわれるラマルクは実はダーウィンに認められており、当時の考え方では広く受け入れられていた学説だったということです。ラマルク自身は科学者ではなくどちらかというと哲学者であることも忘れ去られ、ダーウィンの自然淘汰に対する反対意見として広く認知されているという不幸が書かれています。さながらマーフィーの法則のようです。
この獲得遺伝形質が子に遺伝するという学説は一部修正されて、復活しつつあるそうです。
というのも、親が卵が受精して胚の極初期段階の環境(親の食事環境や周囲環境)により、同じ遺伝子をもっていても発現がオン・オフされるという主張です。ファーストフードなどを妊娠初期に食べ続けて太るなどすると、栄養成分に非常に偏りがあるため栄養を充分に使い切るための準備を整えた胎児となってしまうそうです。
必須栄養素が少ない=食の環境が悪い、となり、栄養を取り込んで溜め込む太りやすい体質となるような遺伝子の発現と不活性化が行われるということです
獲得形質の遺伝とは違いますが、親の環境で子供の遺伝形質の特性が変わるという見方が非常に斬新でした。
同じ遺伝子セットで何万種ものたんぱく質を作るホメオボックス遺伝子、遺伝子そのものの位置が遺伝子上で移動するトランスポゾン(本文中ではジャンピング遺伝子とされる)など、ウイルス(レトロウイルス)の獲得した他の遺伝子に自分の遺伝子を挿入するという特性が現在の人の遺伝子にも例を見つけることができるなど、非常に多種多様な題材で読者を飽きさせることなく読み進めさせてくれます。
ちょっとシニカルな表現が多いのですが、それとて味のうちという風にうまく料理されています。
一般向けの解説書とはいえ、専門的な内容も多く含まれており、ツマミ読みをしても充分楽しめます。
もちろん、最初から最後までどんどん読み進んでしまう魅力がある本でした。
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